仙台フィル、復興定期をありがとう!来月、チケットを買って定期に行こう!

以下のコンサートを聴いて、思ったこと、感じたことなど。

・2011年6月24日(金)
 午後7時開演(午後6時30分開場)
常盤木学園シュトラウスホール
 指揮:パスカル・ヴェロ Conductor:Pascal VERROT
 チェロ:原田 哲男 Cello:HARADA Tetsuo

  フォーレ組曲ペレアスとメリザンド」 作品80
  G.Faure:"Pelleas et Melisande" Suite, Op.80

  フォーレ:チェロと管弦楽のためのエレジー 作品24
  G.Faure:Elegie, Op.24

  ベートーヴェン交響曲第7番 イ長調 作品92
  L.v.Beethoven:Symphony No.7 in A major Op.92

入場無料・全席自由

 5時開演と7時開演の二回公演の、7時の回を聴く。チューニングの時から、そのニューニングのサウンドがリッチで、つまり豊かで色があるというか、今日のオーケストラのサウンドの質を予感させるものであった。街路の道端で漂ってきた美味しいにおいをかいでる気分に近い。

 フォーレ組曲ペレアスとメリザンド」より、まず、前奏曲から。管と弦のバランスがすばらしい。それぞれのセクションが音色の特色を十分に主張しつつまろやかにブレンドされている。厚みがあって押し付けがましくなく、ふくよかなんだけど重たくない。前奏曲の最終部は音を沈黙に丁寧に返すようなディミニュエンド。その沈黙は次曲の「糸を紡ぐ女」の冒頭を予期させる。切ない祈りのようなフレーズの締めくくりは、プロフェッショナルならではの、表現に対してきちんと攻め込んでいって破綻しないもの。「糸を紡ぐ女」を経てこの日は最終曲に「シシリエンヌ」が置かれた。ハープを伴った有名なフルートの旋律の見事さはもちろんだが、そこにさらりと絡む、コンサートマスターのヴァイオリンの神谷未穂の存在感。ほんの数小節のフレーズに彼女の比類のない音楽家としての資質がきらりとひかる。昨年就任し、いきなり震災を向かえることとなった。そして今回の復興定期のシリーズでも数々の名演のステージにコンサートマスターとして登場した。シーズンオープニングコンサートは中止になったし、また、自分は昨年のコンサートマスター就任時の演奏会にも足を運べなかったが、あらためて、ようこそ仙台フィルへの気分で、その楽才の結晶と対面した気分になれた。いろいろ、お考えはあるとおもうが、できれば可能な限り長く、仙台フィルコンサートマスターを勤めてほしいと思った。「シシリエンヌ」はいろいろな楽器のソロでもよく演奏されよく聴くが、今夜は、オケで、そして、BGM的に流すわけじゃなく、本気の演奏。それは、魔法使いのハウルが魔法をかけたのごとくの、ヴェロの棒。もう俺はシャンゼリゼ通りが見えた。(いったことないけど)。そしてそれが途中から定禅寺通りとつながった気がした。なんという贅沢なフォーレのシシリエンヌなのだろうか。

 次曲、同じくフォーレのエレジー。団員でもあるチェロの原田さんのソロに尽きます。いや、もちろんヴェロさんの指揮、仙台フィルもあってこそ。これもやはり、天に祈るような曲の最後、消えていくようなディミニュエンドが白眉。抑制が効いてるけど、どこまでも深く深く内面に掘り下がっていくような、そしてそこから奥深くでジワっと広がっていくようなカンタービレ

 そして、ベト7。前回の復興定期でベト2を聞きましたが、ベト2とベト7を同じオケで時をそんなに置かずして聴くことができるとは!すごいですベートーヴェン。例えばショパンエチュードの作品10の3(別れの曲ですね)とかリストの愛の夢3番とかで、「引き起こされた」感傷的な気分で涙することはあるけど(ふられたこととか思い出したりして)おれは本当に最近、アラフォーとなって初めて、ベートーヴェンの音楽を聴いて泣きました。その曲によって「引き起こされた」感傷によってではなく、音楽そのものに。音楽そのものがすごくて。初演魔といわれ、コンテンポラリーのエキスパートとしても知られた指揮者の、故・岩城宏之氏が、一番取り上げたベートーヴェンのシンフォニーがこの7番だったとか。すごいですよね、7番。こんな凄い曲書いちゃって。凄すぎて、涙が出てきます。

 さて、ヴェロの指揮による仙台フィルのベト7第1楽章。スコアをこれでもかというほど丁寧に読み込み、そして、その先に向かおうとする。精緻な解釈を足場にした、しかし、柔軟で自由な表現。トゥッティでたかまるフレーズに若干ブレーキをかけ(「今日は1楽章だけじゃありませんよ」)と案内をされた気がした。竹内(おそらく)さんのティンパニーも良かった。ある部分でテンポを前目に、しかし、タイトにだしたように感じたのには、凄くセンスを感じた。指揮の指示か、彼の表現か。ティンパニーに限らず、自由さと柔軟さに、きちっと一本の筋を通すアンサンブルの見事さがあった。

 それでも、その第1楽章が、若干のオーバーブローが感じられたかもしれない、まさに熱演だったことは、もしかしてこの日の第2楽章の冒頭の弱音のダイナミックレンジの取り方からも、思われたかもしれない。でも、この日の仙台フィルのアンサンブルは本当に見事。2楽章の冒頭は絶世の美女が、梅雨の晴れ間のさらりと吹いた風で髪が少し乱れ、逆にそれが色気になるようなくらいである。ライブの楽しみを感じた。いやいや、なにせ300人のホールでの、ベト7である。そして、その2楽章では、このオケのサウンド自体が生き物となって、早くホームグラウンドである青年文化センターのコンサートホールにかえりましょう、といっているような演奏だった。この日のこのオケは、本当によく鳴る。すばらしい。

 3楽章では、300人満席のホールとオーケストラとのサウンドの微調整もばっちり決まって、そして4楽章では、内面から湧き上がるエネルギーをすべて昇華させたようであった。ヴェロさんの指揮もほんとうにブラボーだった。それに応える仙台フィルも。こんなに凄くていいのか、というくらい。

 先日、復興定期でベト2を聴いた際、ファゴットの水野さんのツイートを引用させていただき、そのベト2にダメだしをする聴衆もいるかもという話題について、「そんなことはひとそれぞれだろう」ということを自分は書きました。が、水野さん、すみませんでした。この日の演奏会をきいて、仙台フィルの見事なアンサンブルには、本当に感動しました。これが、もしくはこれ以上が本当の仙台フィルの実力ならば、プロが演奏を振り返って反省するにあたって要求するレヴェルの高さを、自分は分かっていなかったと思います。

 さて、みなさん!いよいよ、仙台フィルのホームグラウンドである、仙台市青年文化センターでの「定期」演奏会が来月七月から再開です!みんなチケットを買って(←ここ重要)いこうではないか!

http://www.sendaiphil.jp/concerts/1107/index.html