「うぬの名は?」「・・・・・・クロアキ・・。」

アマゾンから黒田亜樹のピアノによるCD、「タンゴ・プレリュード―ピアソラ・ピアノ作品集−」が届く。ピアノソロのCDなんて買ってCD棚につっこんで一回もあけないとか、一曲目だけ聞いて終わりとか、一回通して流しておわりとかザラなんだが、これは、なんだか繰り返し聴いてしまっている。良くて。というかいろいろ凄くて。(ちなみに俺が近年、「神」と崇めるピアニストのCDも、そんなに繰り返しは聴かない。神のソロや室内楽のライヴがあれば可能な限り足を運びたいとおもっているし、実際運んできたものの。)

なぜ俺はいままで黒田亜樹をチェックできてないんだろうと、自己嫌悪に陥るものの、チェックできるだけのアンテナがあって当然だと思い上がってるのか手前はとかも思う。

(まあ、ちょっと前の、2年くらい前の、「ピアニスト辞典ひとり数分で読めます」、みたいな本があったけど、クロアキはそれには載ってないピアニストなことは、昨日ちょっと立ち読みしてわかったけど。載ってなくてよかったみたいな本だったし。)


はてさて、クロアキのピアノを聴いて思ったことを。


何で繰り返し聴いてしまうのかってっというと、胸がきゅーっと締めつけられて泣きそうになるからである。メカニカルな複雑な難度の高いパッセージを、前ノリにガーっていってるところなんか特に。スマートに纏めたければ、テンポはジャストに持っていきたくなるし、そのフレーズのメカニック的な処理に克服しなければならない多少の(ミスに対する)恐怖があるなら、ちょっと待ちたいときもあるけど、前ノリ、ってなんだよ、それ。そんなことしたら大抵、前ノリじゃなくて、前のめる、じゃん。もしくはリズムが転ぶ。リズムが転べば、クラシックの器楽の先生ならリズムを正確に奏でられるようにするために付点のリズムになおして、練習させるだろう。しかーし!クロアキはメカニカルなフレーズを、インプレッサWRXグラベルのコーナーをステアリングをほとんど切らずに突き進むごとく、おもいっきり行く。しかも転ぶ気配もみせず、前のめってもいない、見事な「前ノリ」である。ロックンロールの立てのりでもなく、ヒップホップとかブラックコンテンポラリーのノリでもなく、ピアソラで。ソロのピアノで。すげえ。俺は涙がでてくる。そのことに。

このアルバム全体を通しても、ピアソラ度の濃いアレンジ作品ほど、たとえそれが叙情的なゆったりした曲でも、黒田さんの美質は「前ノリ」に輝いているようにおもう。だから、逆に、思い切って「タメ」るところなど、意図せずとも、アイディアルに決まる。(ように思う)。

そして、ピアソラ度のそんなに濃くない初期ピアノ作品では、クラシックのピアノ奏法を基礎とした、音色の多彩さを披露している。

クラシックのピアノ奏法を基礎とした、音色の多彩さ+「前ノリ」。

また、黒田さんのこれまでリリースされているCDのラインナップも、「何じゃこれは」を極める。このピアソラは、デビューCD、そしてその後もピアソラヒナステラ、それから、人気ゲームファイナルファンタジーの音楽をピアノで。やがて、「クロアキが次に触手を伸ばしたものはプログレだった!!」を経て、最新のアルバムは、ブルグミュラー。これは、ピアノを習っているものが、習って数年もたたないくらいでの、ピアノの教室の発表会のレパートリーとして有名な、あの、ブルグミュラーである。

黒田さんを知ったのは、ツイッターを通してだった。 ツイッターのアカウントには「ピアノ弾いたり子育てしたりつぶやいたり」との言葉がある。黒田さんのピアノのかっこよさを思えば、子育てをしていることもわりと前面にだすことは、売出し中のアイドルが自分に彼氏彼女がいることを公言してるみたいなものを感じないでもない。ここらへんのニュアンスはうまくいえない。

とにかくなんというか、突込みどころが少なからず、あるのである。しかし、CDを聴いた今、彼女はピアニストとして「何も間違っていない」と思う。しかも、相当に格好いい。そのかっこよさに参ってしまいます。まじめに。

じゃあピアニストとしてどんなのが、間違っていることになるのか、というと、成人して経済的にも一人立ちしているピアニストが、いまだにリサイタルのプログラムを先生に決めてもらったりすることは、もしかしてある面、王道的と思われるかもしれないことでありながら、なんだかなあ、と思わざるを得ない。

黒田さんのピアノで(ピアノとほかの楽器の競演で)、ポール・クレストンとか、チック・コリアとか聴いてみたい。クレストンなんか、黒田さんくらいちゃんと弾けるひとが録音してるの、ないんじゃないかしら。ちゃんと調べてないのでわからないけど。アナログが地デジにかわるぐらいの精度のリマスタリングが施され、しかも、「ノリ」よくかっこよく、やってくれるのではないかと、思う。

しかし、どんなツイッターで、どんなことをつぶやくかとか、今後のレパートリーについても、彼女が好きなことを好きなようにこれからもがんがんやっていってほしいと思う。

ジャンルを展開させるのは、「若者、ばか者、よそ者」だという。藝大ピアノ科出身に黒田亜樹がいることは、ちょっとした驚きである。

「学校の校内合唱コンクールの伴奏を引き受けるのは、ピアノのタッチを崩すからやめるように。」とかいう、ご子息ご息女にピアノを習わせ、将来はできることなら、演奏活動を、と考える保護者の方がもしいらっしゃって、まだピアニスト黒田亜樹をご存知ないのであればぜひCDを買って聴いてほしいものだ、と思います。このピアソラ、お勧めです。

かつてアマゾンのレビューに、「ユジャ・ワンのピアノがラオウなら、倉戸はトキである」と書いたことがあった。黒田亜樹は格好いいので、俺的には、南斗水鳥拳のレイに決定。