岩崎淑著「ピアニストの毎日の基礎練習帳」との出会い その3(一応、了)

書店で手にとって、さらに心が釘付けになり、購入を決めた部分の引用。

 私は、桐朋音大を卒業し、アメリカでさらにピアノを学んだのですが、そこで、その後の人生を変えてしまうような衝撃的な体験をしました。
 ジュリアード音楽院修士課程に進むまえに、ハートフォード大学ハートカレッジ・オブ・ミュージックで2年間学んだのですが、そこで師事したジェイコブ・ラタイナ先生は、まず最初のレッスンを、ピアノの座り方から始めたのです。さらに、その後の10ヶ月間は、レッスンの課題曲をほとんどいただけないまま、スケール(音階)とアルペジオ(分散和音)、そしてレガート奏法を徹底的にたたきこまれました。
 ラタイナ先生に習いはじめた最初のころ、忘れられないレッスンがあります。
 ベートーヴェンの《告別》ソナタをレッスンにもっていったところ、冒頭の1ページだけに、なんと1時間近くかかったのです。
 冒頭のこの和音で、何度弾いても、ラタイナ先生は静かに”No”というばかり。和音を弾くときのタッチと、そこから生まれる音色が、この冒頭の曲想にふさわしいものではない、というのです。
 この10ヶ月、課題として与えられた曲は、ベートーヴェンのこの《告別》ソナタと、ショパンエチュードを1曲、たったそのくらいでした。そして、基礎的な練習を続けているあいだはコンサートに出てはいけないと言われて、練習室でも、レッスン室でも、ただただ、スケール、アルペジオ、タッチの練習に明け暮れたのでした。
 中学校時代に全日本学生音楽コンクールで全国1位に入り、桐朋を一応は首席で卒業した私なのに、わざわざアメリカまで留学してきて、何のためにこんな練習をつづけなければならないのか、今までの私はなんだったのか。自分を否定されているような思いで、本当に悲しかった。ピアノを上手に弾けるようになることとはかけ離れたことをやらされているのではないかという焦りもつのって、つらい日々でした。
 でも、同時に、この先生は私にとって必要な、大切なことを教えてくれている、ということも、心のどこかで確信していたのです。 

すごい本と、個人的にこんなタイミングで、出合うのか、という出会い。

繰り返すが、自分は、

 ・有効なメカニックな練習はショパンエチュード程度以上

と思っていたし、

 ・心がけている基礎練習は、かつてはハノンの1番から20番+全調スケールで、20分程度。

 ・最近は、全調スケール。

 ・こころがけている基礎練習の効果が実感できない。指が動かなくなることの防止程度?逆に、こんな練習してたら、リズムが転びやすくなる感じもする。これでいいのか?

 だったので、
 この本で紹介されている、ラタイナ=ヴァンガロヴァ・メソッドのスケールおよびアルペジオ練習は、目からうろこだったし、これに取り組み始めて数ヶ月、もはや若干以上の効果を実感している。

 また、ショパンエチュードより手前の、バッハの平均率より手前の、チェルニー30番ならびに40番練習曲集と、2声と3声のインヴェンションを、十数日でローテーションを組んでとにかくくり返しルーティンとしてやる、というくだりも、エチュードがなかなか手の内に入ってこない自分にとっての、リアリティーのある話であった。ショパンエチュードにルーティンとしてとりくむより、はるかに、「できないわけではない」。ここは重要である。この、チェルニーとバッハの2声3声のインベンションがルーティンになってきたら、そこから1年後、自分はリサイタルを開催できると思う。そしてこれは現実的な目標に思う。

ピアニストの毎日の基礎練習帳

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